「もう駄目だ。諦めよう。」三月の夕日は頼りなかった。宮沢の声に僕はファインダーから右目を外した。この地方のキャンパスは春が早い。大学の卒業シーズンには桜が満開となる。その桜の散る中で、ヒロインが恋人と決別して自立するというラストシーンがる8ミリ映画「夕桜の下で」を僕たちは撮っていた。
「だって、三日後にはもう桜が散ってしまうわよ。」ヒロイン役の有紀が言った。有紀はどうしても明日から実家に戻らなくてはならない。祖父が危篤なのだ。彼女は責任を感じて、この日はNGをほとんど出さずに頑張った。しかし、ラストカットのOKがなかなか出ない。露出計の針がもう振れなくなった。照明担当の滝がいくら銀レフを当てても、日が沈んでは撮影の続行は不可能だった。録音兼カメラマンである僕は無性に残念だったが、それはその時のスタッフ全員の思いでもあった。監督兼主演の宮沢にしろ、製作兼脚本の根岸にしろ、思いは同じだったが、太陽には勝てない。花冷えのする夕闇が僕たちの無念を包み込もうとしていた。
四月になって、スタッフは留年した助監督の前田以外は全員が四年生になった。前田は単位を落としすぎたのでもう一度三年生をやることになった。結局「夕桜の下で」のラストカットは祖父の葬儀を済ませた後の有紀の帰りを待ってリテイクし、一応の完成をみた。画竜点睛を欠く感じは否めなかった。根岸と宮沢が完成試写会の後の打ち上げでスタッフと約束した。「来年の卒業式の日の夕方が、もし晴れていたのなら、ラストカットのリテイクをしよう。」と。不本意ではあるが、作品は一応の完成をみたので五月のフィルムフェスティバルを皮切りに、様々なコンテストに出品することにした。
学生時代を映画三昧に過ごした僕らにも厳しい現実が迫りつつあった。サークルは三年生が主導となり、四年生は就職や卒業のために、自分自身の活動を始めなくてはならなかった。「夕桜の下で」のスタッフもみなバラバラとなり、以前のように毎日顔を合わせるどころか、一ヶ月以上もご無沙汰のやつまで出てくる始末だった。
結局、「夕桜の下で」はどのコンテストの予選も突破できないままに、学園祭での上映待ちとなった。七月の中頃、まだ一つの内定も出てなかった僕は故郷の企業の面接を受けるために、みんなより一足先に帰省をすることにした。その頃、宮沢が有紀にふられたという話を聞いた。監督が主演もしていたわけだから、相手役の主演女優と親しくなるのは当たり前だったかもしれない。春先には公認の仲だった二人だが、恋愛も就職も上手くはいかないものだ。身近にいる美人には惹かれてしまうのが男の性か、僕の場合も彼女のことを好ましいとは思っていたのだけれど、宮沢に先を越されてしまい告白する機会を逸してしまったのである。と言うより、彼女と友達ですらいられなくなることを怖れて告白できなかったのである。