猫ばあさん


下町には決まって名物の年寄りがいるものだが、僕の住んでいる街の場合、それは「猫ばあさん」だ。猫ばあさんとは僕が密かにつけたあだ名ではなく、近所の人たちもそう呼んでいる。ばあさんの住む小さな町営住宅は、いつも玄関の戸が開けはなしてあって、魚臭い猫の皿が並んでいる。ばあさんの家は猫のたまり場になっていて、そのせいなのか町内では猫をたくさん見かける。昨日も、びっくりするくらい太った虎猫が僕の部屋を覗いていた。きっと猫ばあさんの家の常連なのだろう。この街に住み着いているのは猫と年寄りばかりだ。

 ある日、僕は酒を飲んで帰りが遅くなってしまった。近道をしようと、近所の墓地を抜けた。月のない晩だったが、灯りがそこそこにあって、足下に不自由はない。突然、目の前に侵入者を撃退する番犬のように、三匹の猫が飛び出してきた。一瞬ひやっとしたが、落ち着いて見ればただの猫である。しばらく猫たちは偉そうに僕をじろじろ見ていたが、まるでついてこいと言わんばかりの素振りで、しっぽを立てて歩きだした。不思議なこともあるなぁと酔いも手伝って後に続いた。

 お墓の広場まで来て、さらに驚いた。何十匹という猫が集まっている。いつか、田舎の母に「猫が集会を開く」という話を聞いたのを思い出した。猫の集会。野良猫、飼い猫の区別なく、猫たちは月に一度、決まって集会を開く。その集会を見た人間は……。あれ、見た人間はどうなるんだっけ……。

 ひときわ大きな猫が、のっそりと僕を見た。どこかであったような気がする猫だ。この大きな年寄り猫は……。

 「猫ばあさん!」

 叫んでから、あわてて口を押さえたがもう遅い。猫ばあさん猫は曲がった腰を伸ばしてすっくと二本足で立つと、招き猫の手をする。意志に反して、僕の足がするすると前に出る。猫ばあさん猫がだんだん大きく見えてくるのは、自分が次第に小さくなっているからだろうか。僕はいつの間にか四つん這いになって歩いている。母の話の続きを思い出した。猫の集会を見た人間は……猫になる!

 猫ばあさん猫は僕の前に立つと、いきなり僕の頬を蹴飛ばした。

 「お前にはもっと地球人のデータを集める使命があるではないか。何しに集会に顔を出したのだ。それでもニャンメロン星の工作員か。」

 「もっ申し訳ありません。ニンボシ十三号、任務に戻ります。」

その場から夢中で引き返す。気がつくと二本足で走っている。

 翌朝、強烈な二日酔いで目が覚めた。吐き気に襲われたが、トイレまで間に合いそうもない。思わず、部屋の窓を開けた。いつもの太った虎猫がブロック塀の上で大あくびをしている。僕と視線が合うと、猫はにやりと笑った。

終わり