
「いやあ、驚かれたでしょう。この中には兄が、そしてあの方が生きているのです」
魚津へ向かう夜汽車のなか、その男は唐突に語りかけてきた。膝の上には、古びた風呂敷包み。男がそれを恭しく解くと、中から二体の「ぬいぐるみ」が現れた。
一体は精巧な刺繍を施された若々しい娘。もう一体は、それを見つめる所在なげな表情の、猫背の老人の姿。
「兄はかつて、双眼鏡の向こう側の娘に恋をして、押絵の世界に飛び込みました。しかし、平面の額縁の中では、二人は一生見つめ合うことしかできない。……それは、あまりに不憫ではありませんか」
男は、自作だという二つのぬいぐるみを窓辺の縁に座らせた。
「だから、私は二人を『立体』にしたのです。今の時代には、骨組み(トイスケルトン)という便利なものがある。こうしてポーズをつければ、兄はついに、あの方の肩を抱くことができる」
男は震える手で、老人のぬいぐるみの短い腕を動かし、娘の肩にそっと回した。そして、窓の外を流れる薄暗い海を背景に、慣れた手つきでスマートフォンのシャッターを切る。
「見てください。これが『ぬい撮り』です。二人は今、この汽車に乗り、私と一緒に旅をしている。もはや額縁に閉じ込められた静止画ではない。二人は生きている。私のカメラのレンズという『魔性の器械』越しに、ようやく兄の恋が成就したのです」
画面の中、フラッシュを浴びた二体のぬいぐるみは、まるで本物の人間が縮んでしまったかのように、一瞬だけ妖しく微笑んだように見えた。
数日後。男のSNSアカウントには、ある一枚の写真が投稿された。
それは蜃気楼がゆらめく魚津の海岸で撮られたものだ。
背景の波打ち際が血のように赤く染まるなか、三体のぬいぐるみが並んでいた。
以前からいた老いた男と、若々しい娘。そしてその間に挟まれるように、見覚えのある「男自身」の姿をした、新しいぬいぐるみが座らされている。
その「男」のぬいは驚くほど精巧だった。着ていたシャツの質感から、愛用の眼鏡の縁まで。何より恐ろしいのはその表情だ。綿が詰まったはずの顔に、言葉にならない絶叫を上げたまま固まったような、生々しい恐怖の歪みが縫い付けられている。
カメラのピントは、その「男」の背後に合っていた。
そこには、巨大な「双眼鏡」を覗き込む二つの濁った眼球が、空一面を覆うように浮かび上がっている。レンズの向こう側から、こちら側の世界を「鑑賞」している何者かの視線。
キャプションには、たった一言だけ添えられていた。
『次は、あなたの番ですよ。レンズの向こうで待っています』
その投稿を見た者のスマートフォンには、一斉に「顔認識」の枠が出現した。
それは写真の中ではなく、液晶画面の表面――それを見つめている「閲覧者の顔」を、冷たく、正確に囲い込んでいた。
(完)
後日談:返却不可
読み終えた後、得体の知れない寒気に襲われた私は、その本を資源ごみの束に放り込んだ。明日になれば、この不気味な「推しぬい」の物語も、ゴミ収集車とともに消えてなくなるはずだった。
だが、異変はその夜の「ぬい活」中に起きた。
お気に入りのぬいぐるみを棚に並べ、何気なくスマートフォンのカメラを向けた時のことだ。画面の中に、あってはならないものが映り込んだ。
私のぬいの背後に、あの本に描かれていた「兄と娘のぬい」が、ぼうっと佇んでいる。
慌てて肉眼で確認するが、そこには自分のぬいしかいない。しかし、レンズを通すと、二体は確実にそこにいた。それも、シャッターを切るたびに、少しずつ、確実に私のぬいに「物理的に」近づいてくるのだ。
恐怖に駆られ、ゴミ捨て場へ走った。
だが、そこにあるはずの本がどこにもない。代わりに、ゴミ集積所のコンクリートの上に、小さな綿の塊が点々と落ちていた。それは、私の部屋のドアの前まで、点々と続いていた。
自室に戻ると、スマートフォンの通知が狂ったように鳴り響いた。
SNSのタイムラインに、私のアカウントから身に覚えのない写真が投稿されている。
それは、ゴミ袋を抱えて夜道を走る私の後ろ姿を、低い位置から――ちょうど、ぬいぐるみの目線から撮った写真だった。
そして、部屋の隅にあるクローゼットの隙間から、カサリ、と乾いた布が擦れる音がした。
「……捨てないでください。兄が、あなたをとても気に入ったようなんです」
暗闇から伸びてきたのは、人間の手ではなかった。
それは、古びた布を繋ぎ合わせた、綿の詰まった柔らかな指だった。
(完)
2026/3/19 「押し絵と旅する男}と「ぬい活」を合成させたショートショート。AIが作成した画像と文です。
