ムフ帝国の逆襲


 ムフ帝国の皇帝は美少女である。皇帝は赤い髪をゆらしながら、今日も物憂げに玉座で首を傾げていた。舞妓たちの群舞にも全くもって退屈している。ムフ帝国を脅かしていた地震による崩壊も収まり、帝国の民も安寧を取り戻しつつある。宿願であった地上奪回も、昨今の工作員の報告ではそのメリットは見あたらない。地上では環境破壊が進み、我々の地下帝国の環境の方がよほど住環境としては優れているとのことである。今更、汚染された植民地を奪還し、地上の民たちを太古のように奴隷にしたところで、利益どころか維持費がかさむばかりである。無益な帝国主義は馬鹿馬鹿しいとさえ、若い皇帝は思っているのである。

 神式科学法庁で、若い科学者たちからは「死神博士」と囁かれている猊下が、王座の間にあたふたと飛び込んできた。彼は未だに地上攻略の夢を捨てきれずに研究を熱心に続けている硬骨の老臣である。

 「皇帝陛下に申し上げます。お喜びください。遂に地上攻略の秘密兵器が完成しました。これで、地上は再び、我が偉大なるムフ帝国のものとなりましょう。」

 「じいの発明には期待しているぞ。しかし、まさかメカマンダUとか申すとただではすまぬぞ。あれは少しばかりの手直しでどうなるというものでもない。開発中止を命じたはずじゃ。ならぬと。」

 「御意。今は力押しの時代ではござりませぬ。スーパーメカなど古うございます。これからはウィルスでござります。」

 「病原菌か。人道的に問題があるな。わしは好かぬ。戦うならば正々堂々と力づくじゃ。力と力の戦いでいくら兵士同士が血を流そうと詮無いことじゃが、無辜の民が傷つくのは感心せぬ。」

 「これは殺人兵器ではござりませぬ。ご説明をお聞きください。感染した者が発病いたしますと自分の記憶の重要度の高いものを不特定多数の者に打ち明けてしまうのでござります。このウィルスは感染者の話を聞いた者に新たに感染してくという、ワーム型のウィルスと申せましょう。」

 「自分の秘密を無闇に暴露してしまうというだけではないのか。貴様は自白剤の研究でもしとったのか。好かぬ。」

 猊下は慇懃な笑みを浮かべながら、

 「陛下。このウィルスの恐ろしさは、実は感染者の記憶を消してしまうことにござります。他人に話してしまった事項は感染者の記憶から消えてしまう。話をする度に重要な記憶を喪失していく。例えますならば、報告をすればその報告の内容を忘れてしまい、思い出話をすればその思い出を忘れてしまう。いわば”思い出バスター”とも言うべき超科学兵器なのでござります。」

 「面白い。」

 「はっ、何がでござりますか。」

 「その”思い出バスター”じゃ。」

 「それは一体……なんでござりますか。」

 「……。」

 ムフ帝国の地上侵攻は頓挫した。しかし、地上人類よ、安心してはいけない。恐るべきムフ帝国の科学陣は新たな兵器の開発に着手しているのである。

終わり