机の引き出しの奥や使わないでいたハンドバックの中から、なくしたと思っていた鍵がひょっこり出てくることがある。たいていはもう別の鍵に取り替えてしまっていたりして、今更見つかったところでどうなるものでもないのに。

 別れた彼氏からの電話と同じだ。忘れた頃に「ひょっこり」というのが実によく似ている。役に立たないどころか、今更迷惑って感じまでがそっくりだ。

 「これ、どこの鍵だったかしら……。」

 本棚のすき間から出てきた古びた鍵が何の鍵なのかを思い出すだけで、二十分かかった。

 蔵の鍵だった。

 私の家にはそれこそ「お宝」が眠っていそうな古びた蔵がある。子供の頃、姉と忍び込んで祖父によく叱られたものだった。

 夏草の生い茂った裏庭に立つ蔵の扉を開けてみる気になったのは、幼い時に過ごした姉との思い出のほとんどがこの蔵に詰まっていたからだろう。読めもしない難しい本を広げては、あれこれ空想の翼を広げて物語をしてくれた優しい姉。早くに両親を失い、母の実家に引き取られた私たち姉妹は蔵の中で、鬼ごっこをしたり、隠れんぼをしたりして、二人だけの長い時間を過ごした。

 鍵穴は錆ついていたが、案外スムーズに開いた。ほこり臭い懐かしい空気が私を包む。陽光に慣れた目から見れば、中は真っ暗闇である。にもかかわらず中に入るなり、扉を閉めてしまったのは子供の時からの悲しい癖に違いない。祖父に見つかるのが怖いからだ。しかし、その祖父も亡くなってしばらく立つ。

 採光窓が天井にあるので慣れてくれば、和箪笥や農機具、古い冷蔵庫、大きな姿見などが雑然と置かれているのが見えてくる。姿見に映る自分の姿にぎょっとした。そこに映っていたのでは私ではなかった。少女の姿の姉だった。私は姉の名前を叫んだ。姉は鏡の中から手を伸ばすと私の手から鍵を奪い取った。私の意識は空間にふわりと投げ出されて、姉の体と入れ替わるように鏡に吸い込まれてしまった。私は鏡の中に閉じこめられて、出られない。

 「私の身体は返してもらったわよ。」

 姉は古い冷蔵庫の扉を開けて、その中を指さした。

 「あなたの身体はこっちなんだからね。」

 中にあった小さなミイラと目があって、私は悲鳴を上げる。姉は振り向きもせずにつかつかと外へ出ると、外から蔵の鍵をガチャリとかけた。

 私の意識だけが後に残された。

 姉と二人だけで過ごした蔵の中での日々。隠れんぼの最中に私は冷蔵庫に隠れた。その中で私は窒息した。死んでしまったことで、また祖父に叱られると思った。それが怖くて、私はしくしく泣いていた。私をようやく捜し当てた姉は、泣いている私に自分の身体を貸してくれた。私は姉の体を借りて、姉のふりをして生きていたのだ。

 あれから十年以上もたっていたんだ。姉には悪いことをしてしまった。私は姉の青春を代わりに生きてしまったのだから。

終わり