私の家に和美と涼子が泊まりに来ている。明日の期末試験に備えて、徹夜を誓い合ったところだ。特に和美は記憶力がない。
「物覚えが悪いのは自分のせいだけど、物忘れが激しいのは年のせいだよね。うちのお祖父ちゃんなんか今朝だって『おーい、おーい。』ってうるさく呼ぶから、何かと思えばさ。『和美。眼鏡しらねぇか。』だって。おでこの上に乗ってるっちゅうの。もう、ボケじいさんなんだから。」
最近、眼鏡をコンタクトに替えた涼子が妙に和美のとこの祖父の肩を持つ。
「そんなこといっちゃいけないわ。和美のとこのお祖父さんしっかりしてるもの。眼鏡の置き場ってよく忘れるものなのよ。私なんか眼鏡の上に腰掛けちゃってフレーム壊しちゃったりしたもの。」
私も視力が弱いので眼鏡が手放せない方だ。涼子が私の眼鏡姿によくケチを付けたりする。
「深雪もコンタクトにすればいいのに。」
コンタクトって面倒そうなんだもの。煩わしくない。夜のケア。
「まっ慣れちゃえばなんてことないよ。」
「やだねぇ。あなた達。私は今年の視力検査も一・五をキープだよ。」
一人だけ目がいい和美は得意げに言う。その代わり成績は悪いじゃんか。記憶力もないが根気もないんだから。和美はいきなりプリントをしまいながら、
「世の中、身体が資本だよ。一度悪くすると、視力なんて回復しないんだから。無理な勉強をしちゃあいけないよ。」
すると、涼子まで同調してノートを閉じる。徹夜の誓いをさっさと破って、寝る準備をするつもりなのか、ポーチを探り始めると、
「いけない!コンタクトのケース忘れちゃったよ。洗浄剤も。やばーい。」
和美が大笑いをして、
「やだねー。ボケてるねぇ。あんたは徹夜で起きてなさいよ。あっどうも、今晩は……。」
和美の目の前にいつの間にか、私の祖父の姿が見えた。額の上に眼鏡を乗っけている。
「あっ……お客さんだね。すまん、すまん。今晩は、深雪の祖父です。……深雪。わしの眼鏡を知らないか。」
私と和美と涼子はそれぞれ自分の額の上をがくがく震えながら指さした。
「あっここにあったか。すまんすまん。じゃ、ごゆっくり……。」
祖父の姿は宙に吸い込まれるように消えてしまった。生前の祖父はボケが出ていたけれども、今夜は化けて出たらしい。